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価値ある技術で医療の本質に挑む、日本精密測器の現在地と未来。

日本精密測器株式会社
代表取締役社長 國崎 嘉人

更新日:2026年2月12日

愛知県生まれ。
1999年 株式会社イシダ 入社。
2022年 日本精密測器株式会社 代表取締役社長 就任。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

そこにしかない製品に惹かれ、ものづくりの世界へ飛び込んだ。

私は名古屋市に生まれ、神奈川県藤沢市で育ち、高校卒業までを藤沢で過ごしました。

大学は立命館大学経済学部に進学して関西での生活が始まりましたが、勉強一辺倒というよりは学費や一人暮らしの生活費を稼ぐためにアルバイトに打ち込む日々。学生時代の数々のアルバイト歴は、のちの仕事観を育てる土台になりました。

就職活動を始めた1999年前後は優良企業の倒産が相次いでいた時代。そんな社会情勢を見て、「つぶれない会社の特徴とは何だろう」と考えるようになり、企業の財務諸表を必死に読み解きました。

その中で至ったのは、「どこでも作れるものではなく、独自技術によって商品やサービスを提供している企業は強い」というシンプルな結論でした。

大学時代の中華料理店でのアルバイト経験から、素材を調理して価値を乗せたうえでお客さまに提供する面白さを感じていたこともあり、ものづくりの世界に身を置きたいと考えていました。

そこで、京都に本社を持つ秤(はかり)の専門メーカーで当時業界ナンバーワンとして知られていた株式会社イシダ(日本精密測器株式会社の親会社)へ入社しました。

営業の原点は「八ツ橋の販売」。普遍的な仕事の軸を学ぶ。

イシダに営業として入社しますが、営業職を志した理由は学生時代にその面白さを体験していたからです。

修学旅行生向けの旅館でアルバイトをしていた際、売店で八ツ橋を売る役割を任されたことがありました。

その八ツ橋は京都駅の売店に並んでおらず、知名度の低いメーカーの商品だったため、普段はなかなか売れません。そこで私は、「お客さまは何を重視して八ツ橋を買うのだろう」と考えました。

八ツ橋は日に日に硬くなるお菓子ですから、それならアピールポイントとして訴求すべきは「できたてを提供できることだ」と思ったのです。

修学旅行生は2泊するので先に注文を受けておき、最終日に合わせて作ったものを渡せば一番おいしい状態で提供できます。

さらに、そのメーカーが実は有名ブランドの八ツ橋のOEMを担う会社だということも、修学旅行生たちにしっかり説明しました。

パッケージが違っても中身は確かだとわかれば、注文数が大きく伸び、従来の約100倍の売上を達成しました。

このことから、「価値を正しく伝えれば、人は心を動かされる」と学びました。これが私の営業の原点です。

商材が八ツ橋から秤に変わっただけで、イシダ入社後も仕事の本質は同じでした。お客さまの課題を捉え、価値を言語化し、納得していただく。その積み重ねによって徐々に成果を積み上げていきました。

電子棚札の販売に加え、小売現場の仕組み転換に挑んだ営業時代。

営業職として最初に担当したのは、食品小売業向けの機器です。スーパーの生鮮売場で使われる食品計量機やパッキング機を扱ったあと、3年目に電子棚札(従来の紙の値札に代わり、品名や価格などをデジタル表示する機器)の担当になりました。

今振り返れば、これが転機の一つだったと思います。電子棚札は単体で完結する商品ではなく、POSシステムなどと連動して初めて現場に改善をもたらすものです。

徐々にシステム関連の知識をつけていた私は、電子棚札を売るだけではなく、スーパーのシステム環境を丸ごと設計する仕事を手がけるようになりました。

東海地区のとあるスーパーでは、それまで紙で運用していた販促ポップをデータ配信する仕組みを構築。200店舗以上で手作業の業務がシステム化され、現場の効率化につながりました。

そういった働きが評価されて2010年に商品企画部門へ異動し、マーケティング領域へと活動のフィールドが移っていきます。

商品企画時代で強く印象に残っているのは、成功体験よりも売れない苦しさです。電子棚札は価格競争が激しい商品で、製造原価と市場価格の差を埋めるため、アジア圏の工場をいくつも回ってサプライヤーの開拓を行いました。

ところが売上を伸ばすために心血を注いだ電子棚札も、リーマンショックを機に売上が激減。大量の在庫を抱えて途方に暮れました。

売れない在庫を抱え、活路を求めた先で行き着いた医療事業。

スーパーマーケット以外の電子棚札の活路を見出す中で、偶然出会ったのが病院でした。

展示会で知り合った薬科機器メーカーの開発担当者からの声かけがきっかけとなり、電子棚札の医療現場への応用が始まったのです。

入院病棟で使用される薬が入ったトレイには、患者さんの氏名が表示されています。これを紙から電子棚札に置き換えるプロジェクトに携わりました。

これは単純に便利になっただけでなく、医療安全にもつながる大きな価値があります。もし医師の処方が変わった場合は、電子棚札の表示が瞬時に切り替わって患者さんの氏名が消えるため、誤った薬の投与を防げるからです。

この経験は「同じ電子棚札でも、使う場所が変われば与える価値も変化する」という学びを私に与えてくれました。そこからイシダは本格的に医療システム事業へ参入を始めます。

ただ、薬トレイの事例のようにいつも上手くいく案件ばかりではありませんでした。

数々の失敗から何度も悔しい思いをし、改めて学ぶ必要があると考えた私は会社の制度を利用してMBAコースに2年間通い、学位を取得。そこでマーケティングの知識をより深め、実務に応用していきました。

独自の技術で新しいバイタルサイン医療システムの構築を目指す。

MBAコースを卒業した2015年、私はイシダの代表から「新しい事業の柱をつくってほしい」という大きなミッションを託され、医療医薬事業の専門チームを立ち上げました。

当時、売上3億円だった事業を5年後までに100億円にするのが私の取り組むべき課題です。とはいえ、5年という期間での自力成長には限界があります。

短期間で事業を飛躍させるにはM&Aが必要だと判断し、候補企業を探す中で出会ったのが日本精密測器でした。当時の日本精密測器は10期連続赤字で、経営再建が不可欠な状況でした。しかし、私は「一緒に事業を進めるならこの会社しかない」と思いました。

同時期に医療事業チームのメンバーと一緒にビジョンやミッションを考える中で、私たちは「バイタルサイン医療システムメーカーになろう」という方向性を決めていました。

医療従事者の仕事を楽にしながら、バイタルサインデータを利活用して健康に貢献できる製品を作りたい。この想いを実現するにはどうすればいいかと模索していたのです。

そんな中で、私たちの目指す姿に必要な測定技術を保有する日本精密測器との出会いに恵まれました。病院の中核である医療機器で価値を出せる存在を目指してM&Aを行い、日本精密測器は2022年11月にイシダの100%出資子会社となりました。

現在は既存の血圧計事業の黒字化と、独自の技術を生かした新たな価値創造を同時に進めています。

確固たる技術基盤を土台に、未来の挑戦へ共に歩める方を募集。

当社は行動規範として「変化対応・チャレンジ・スピード」の三つを掲げています。

変化対応とは、ビジネスの世界で生き残るための重要な要件です。

「強い者ではなく、変化に適応した者が生き残る」という有名な言葉がありますが、過去の延長線上で進まず、変わり続ける社会に対して私たちも変化しなければならないという意味です。

チャレンジは「今日できないことを明日できるようにするための取り組み」と定義しています。未知に踏み込む状況を楽しめるかどうかが大切です。

そしてスピードでは、多少の不確実性があっても前に進み、学びながら修正していく姿勢を求めています。

ただし、三つすべてが完璧である必要はありません。どれか一つでも合致する方に当社の仲間になっていただきたいですね。

過去にグループ会社で採用活動をした際、大企業で大きな成果を出した技術者が「この会社で新しい挑戦をしたい」と飛び込んできてくれたことがありました。

日本精密測器にも、安定よりチャレンジを選ぶ意欲ある方にとって力を発揮しやすい環境があります。

これまでの当社を支えてきたのは、社員の堅実さと確かな技術力です。この土台を大切にしながら一歩踏み出し、今までにないバイタルサイン医療システムをつくり上げたいと考えています。

そのためには新しい力が必要ですので、変化を恐れず、挑戦を楽しみ、スピード感をもって前に進める方と一緒に仕事ができれば嬉しく思います。

編集後記

コンサルタント
戸塚 理仁

國崎社長の溢れるバイタリティと困難に立ち向かう強い信念を感じるインタビューでした。

日本精密測器社の社長になるまでの経緯は非常に興味深く、ドラマ性のあるキャリアに引き込まれました。

学生時代の販売職の成功体験が営業や商品企画で開花し、一大事業を手がけるまでに至るストーリー性に共感いただける方も多いでしょう。

同社が掲げる三つの行動規範「変化対応・チャレンジ・スピード」は國崎社長の人生と重なり、これからますます地域で存在感を放っていくと確信しました。

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